、許してくれ……。」
胸の中に熱いものがたまってくるのを、吉乃は押えつけた。商売が立前なんだ。何かが壊るれば、凡てが崩れ落ちそうだった。そんな脆いんじゃないと思っても、不安だった。無意識的に踏みしめてきた商売の道、それが、岡野との関係で、はっきりしかけてきた今となって……。
彼女の眼付は、いつになく厳粛になった。そして彼女は酒を飲んだ。敵意的に飲んだ。岡野が泣き出しそうな顔をしているのが、おかしかった。
岡野は、両手で頭をかかえた。
「僕、僕はほんとに誓うよ。……その証拠には、こんど、彼女を、澄代を引張ってきてみせる。」
「どこに。」
「ここに。」
「ばか、ばかな、あなたは、ばかねお坊ちゃん……。」
もう彼女は、酔っていた。泣いてるのか笑ってるのか、自分でも分らなかった。
三
元来の呑気なおおまかな性質が、却って心棒となって、それに達者な八重次の助けもあり、時間も短かかったので、吉乃はわりに楽だった。何よりも「青柳《あおやぎ》」の家でないのがよかった。
それでも、調子は初めから狂っていた。
眼窩のくぼみが感ぜらるる、大きな、ひどく敏活な眼付。それから喉を使わ
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