して彼女には、彼が心の中でどんなに悩んでるか、よく分っていた、けれど、彼のその誓が、背教者の涙と同じように、一時的なものだということも、また分っていた。そしておかしなことには彼自身も、自分のその誓が、若いロマンチックなものだということを、知っていた。それでいて、どうにもならなかった。感情の潮が引いて、おのずから出来る空虚な瞬間、彼は彼女を、敬虔な信頼の眼で眺めた。彼女は彼を、愛に似た憐憫の眼で眺めた。
 さらさらと、笹の葉の音がすると、寒い……。
 岡野はしきりに杯を重ねたが、酒の落着き工合が悪くて、酔わなかった。
「君は……、」口籠って、おずおずとした眼付で、「君は、いつまでこんなことをしていて……。」
「でも、呑気《のんき》でいいのよ。」
 上の空の調子で受けて、急に、彼女は真面目になった。
「そのうちに、看板を借りようと思ってるのよ。」
 そして、丸抱えで出てるのと自前で出るのとの違いを、商売の自由さの点や、収入の関係など、こまかな数字まで交えて、話しだした。
「それまでには、あなたこそ、あっちの方、早くきりをおつけなさいな。」
「きりをつけたら、どうする……。」
「どうもしない
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