が、彼を溺らそうとする。彼も溺れようとする。が彼の胸の中には、どす黒い塊りがあった。眼は熱く涙ぐんでいる。自分自身をわきから見守り鞭打ってる気持……。だが、吉乃へは取り縋れなかった。
「君は逢えば逢うほど……。」
「馬鹿に見える?」と吉乃は引取って云ったが……。
彼は、つまった言葉を涙になして、ぼろぼろとこぼしている。
「そう云った人があるわ。」
びっくりして、云い足して、それから彼女は微笑んだ。
然し彼は顔を挙げなかった。
「僕は、汚れてるんだ、汚れてるんだ、聞いてくれ……。」
それが、何のことだかと云えば、前から部分的には話していた、或る未亡人との関係だった。ふとしたことから――意志の弱いため――関係して、ずるずるに引続いて、時々は金も貰う。自分を唾棄する余り、貰った金で遊蕩もする……。それだけだった。
「そして、そのたびに、お金を貰うの?」
岡野は、返辞も出来ないで、罪人のように、悔い改めるように、卓子《テーブル》の上に顔を伏せていた。
吉乃の、あきれたような眼の色が、やがて、澄んで、落付いて、笑みを湛えた。
「それじゃ、つまり、あたしたちと同じじゃないの。ちっとも、恥しいことなんかないわ。」
全く、別世界から来た言葉だった。岡野は顔を挙げた。眼を挙げた。堪え難い調子で口籠った。
「でも……でも……そうじゃないんだ……ちがう……。第一、僕はその金を、何に使ってるか!……。」
「自分でもうけたんだもの。何に使おうと、勝手よ。」
「…………」
風の吹き過ぎた後の空虚と同じで……。
白々とした額、ほんのり酔の出てる頬、空を見てるようなあらわな眼付、唇の間から見えてる金歯、そして鼻が無意味に高い……。その首を、伸び伸びと、綺麗な肌を見せながら、卓子に片肱をつき、片方の肩を落して、横坐りに、裾をさばいて……。それへ、岡野は縋りついていった。
「僕は、君を、好きだ、ほんとに、好きなんだ。初め、自分を、やけくそから、自分で自分を、溝の中に蹴落すような気で、うろつき廻った。自分を、泥まみれにすることが、汚くすることが、せめて腹癒せだった。罪亡しだった。いろんなところへ行った。ただ、自分が汚くなれば、惨めになれば、それが本望で……。然し、君に逢ってから、変に、気持が荒まない……。癪にさわった。だから、これでもか、これでもかと……猶やって来たんだが……駄目だ。君
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