衛もそれには困《こま》りました。なにしろ相手《あいて》は大蛇《おろち》ですもの、へたなことをやれば、こちらが一呑《ひとの》みにされてしまうばかりです。長い間《あいだ》考えこんでいましたが、いい考えを思いついて、はたと額《ひたい》を叩《たた》きました。
「そうだ、これなら大丈夫《だいじょうぶ》。ねえ猿《さる》さん、お前は猿智慧《さるぢえ》といって、たいそう利巧《りこう》だそうだが、案外《あんがい》馬鹿《ばか》だなあ。今私が大蛇《おろち》を退治《たいじ》てあげるから、見ていなさいよ」
 甚兵衛は急《いそ》いで家へ帰《かえ》りまして、綺麗《きれい》な女の人形を一つ取り、その中に釘《くぎ》をいっぱいつめて、釘《くぎ》の尖《とが》った先《さき》が、皆《みな》外の方に向《む》くように拵《こしら》えあげました。それを持《も》って猿《さる》の所へもどってきました。
「そんな人形をなんになさいます?」と猿《さる》は不思議《ふしぎ》そうに尋《たず》ねました。
「まあいいから、私のすることを見ていなさい」と甚兵衛は答《こた》えました。
 彼《かれ》は猿《さる》に案内《あんない》さして、大蛇《おろち》のでてきそうなところへ行き、そこに女の人形を立たせました。そして猿《さる》と二人で、大蛇《おろち》に見つからないような蔭《かげ》に隠《かく》れて、じっと待《ま》っていました。
 しばらくすると、ごーと山|鳴《な》りがしてきまして、向《むこ》うの茂《しげ》みの間《あいだ》から、樽《たる》のように大きな大蛇《おろち》が、真赤《まっか》な舌《した》をぺろりぺろりだしながら、ぬっと現《あら》われでました。大蛇《おろち》は人形を見ると、それを生きた人間と思ったのでしょう、いきなり大きな鎌首《かまくび》をもたげて、恐《おそ》ろしい勢《いきおい》で寄《よ》ってきました。そして側《そば》に寄《よ》るが早いか、その大きな身体《からだ》で、ぐるぐると人形に巻《ま》きついて、力いっぱいにしめつけました。ところが人形には、薄《うす》い着物《きもの》の下に釘《くぎ》がいっぱい、尖《とが》った先《さき》を外に向《む》けてつまっているのです。いくら大蛇《おろち》でもたまりません。柔《やわら》かな腹《はら》の鱗《うろこ》の間《あいだ》に、一|面《めん》に釘《くぎ》がささりまして、そこから血《ち》が流《なが》れだし、そのまま死《し》んでしまいました。

     二

 首尾《しゅび》よく大蛇退治《おろちたいじ》ができましたので、猿《さる》はたいへん喜《よろこ》びました。
「お蔭《かげ》で山の中の獣《けもの》は、皆《みな》助《たす》かります。これから、お約束《やくそく》ですから、上手《じょうず》に人形を使うことを、あなたにお教《おし》えしましょう。ただ黙《だま》って、私のいうとおりになさらなければいけませんよ」
 甚兵衛《じんべえ》は承知《しょうち》しました。猿《さる》は甚兵衛の家へやってきました。そして家にある人形を皆《みな》売ってしまいなさいといいました。甚兵衛は人形を残《のこ》らず売ってしまいました。すると猿《さる》はいいました。
「三日の間《あいだ》、この人形|部屋《べや》にはいってはいけません。三日たったらこの部屋《へや》においでなさい、すると大きな人形が一つ立っています。その人形はなんでも、あなたのいうとおりにひとりでに動《うご》きます」
 甚兵衛《じんべえ》は不思議《ふしぎ》に思いましたが、ともかくも猿《さる》のいうとおりにして、三日間人形|部屋《べや》の襖《ふすま》を閉《し》め切って置《お》きました。猿《さる》はどこかへ行ってしまいました。三日たってから、甚兵衛はそっと人形|部屋《べや》を覗《のぞ》いてみました。すると部屋《へや》の真中《まんなか》に、大きなひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]の人形が立っています。
 甚兵衛はびっくりしましたが、猿《さる》の言葉《ことば》を思いだして、手をあげろと人形にいってみました。人形はひとりでに手をあげました。歩けと甚兵衛はいってみました。人形はひとりでに歩きだしました。それから、踊《おど》れといえば踊《おど》るし、坐《すわ》れといえば坐《すわ》るし、人形はいうとおりに動《うご》き廻《まわ》るのです。甚兵衛は呆《あき》れ返《かえ》ってしまいました。そしてぼんやり人形を眺《なが》めていますと、その背中《せなか》が、むくむく動《うご》きだして、中から、猿《さる》が飛《と》びだしてきました。
「甚兵衛さん、びっくりなすったでしょう。なあに、私が中にはいっていたんです。あの人形は空《から》っぽで、背中《せなか》に私の出入口がついてるのです。大蛇《おろち》を退治《たいじ》てくださったお礼に、これから私が人形を踊《おど》らせますから、それであな
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