を知ってでもいるもののように。この女《ひと》は男から子供の養育料を取りたいのだけれど、男が応じないので困ってるのだとか、男がしきりに子供を取上げようとしてるので、渡してやったものかどうか迷ってるのだとか、裁判にしないでうまくまとめたいのだとか、そんな風なことを……。
「兎に角、どんなことになっても、」と彼は云った、「子供は母親の手で育てるのが本当だね。」
「ええ、そうですとも。」と束髪の女がすぐに応じた。「今更あの男は、子供をくれなんて云えた義理じゃありません。私が子供を生むのを、あんなに嫌がっていたんだから。」
 そして彼女は、もう何度かしたらしい話を、半ば相手の女に半ば彼に、また繰返し初めた。――彼女が妊娠したのを知った時、男は俄に不機嫌になって、些細なことにも彼女を打ったり叩いたりして、しまいにはひどいことを勧めだした。――「私はそればっかりは、どうしても出来なかった。意地になって生み落してやるぞと思って、我慢に我慢を重ねて、とうとう生み落してやった。」――その頃から、男は心変りがして、近くの飲食店の女中とくっついた。彼女の不在の折には、その女を家の中に引張り込むことさえあった。
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