られて、洋造と綾子とは或る晩出かけた。夜の山は物騒で恐いと云って、静子は一人残ることになった。
獅子ヶ鼻を廻って大正橋にかかると、川下の方から冷々とした風が吹いてきた。妙に空気が稀薄に思える晩で、月の光が白々として、両岸の山がすぐ近くに迫って見えた。鉄道線路の灯が瞬いてるすぐ上方に、鏡台山一帯は真黒く魔物のように蹲っていた。
「もう止しましょうか。」
「ええ。」
長い大正橋を渡りきって、向う岸を溯って、いつもの河原に来て休んだ。仄白い河原の小石と浅瀬の水音と、月の光と、それからあちらこちらに散歩の人の姿が見えた。
「静子さんは利口ですね。実際都会のものには、夜の山登りなんか駄目ですよ。」
「それでも、静子さんはそれは月の晩が好きなんですの。私月を見てると、何だか淋しく悲しくなってきますから……。」
「月を本当に好きな人は、月を見てても淋しく感じない人かも知れません。でも可笑しいですね、静子さんよりあなたの方がずっと快活なのに……。」
「その代り、もう何もかも嫌になって、口もききたくなくなることがありますの。よく静子さんに笑われますけれど……。」
「そう云えば、静子さんくらいいつも調
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