。
「月の光で見ると、津田さんは何だか憂鬱そうにお見えなさるわ。」と綾子は云った。
洋造は苦笑しながら、黙って二人の傍について歩いた。
「綾子さんはあなたのことを……。」
静子が云いかけるのを、綾子は駄々っ児のように、首と手とを打払って止めようとした。その様子が可笑しかったので、静子はくすくす笑い出した。
「何です、僕のことを。」
「いえ、何でもないの。」と綾子はもう澄し返っていた。
「あのことですか、ヒポコンデリーの獅子だという……。」
「あら。」
二人は同時に足を止めた。
「僕の耳は千里耳だから何でもすぐに聞えるんだよ。でも獅子は有難いな。そのお礼に、詩人めいた素敵な名を二人につけてあげましょうか。」
「ええ、どうぞ。」
「そうだな……静子さんは水中の夢で、綾子さんは空中の夢……ってどうです。」
「水中の夢に空中の夢……。」
静子はそう繰返して微笑したが、綾子は喫驚したような眼で彼の顔を見上げた。
流れの上に渡してある低い小さな仮橋から、きらきらと水に映る月の光を見て、宿の方へ帰っていった。
月を見るなら、川向うの鏡台山に是非登ってみなくてはいけない、と旅館の人にすすめ
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