すてて、下に着ていた海水着一つで、川の中に飛び込んでいった。
「ねえ、来てごらんなさいよ、鮎が沢山いるから。」
「嘘。」
「ほんとよ。」
やけに水の中をばちゃばちゃやった。
静子はのっそり立上って、水際へ行って覗いてみた。その後ろから、洋造が伯父に借りた海水着一つで飛び込んでいった。鮠《はえ》の子が方々に泳いでいた。
「綾子さんにこれが一匹でもつかまったら、何でも望み通りのことを聞いてあげますよ。」
「どんなことでも。」
「ええ。」
水を乱さずにそっと狙い寄ったり、不意に馳け出して追っかけたりしたが、小鮠はすいすいと身をかわして平気な風をしていた。洋造と静子も一緒になって追い廻したが、一匹もつかまらなかった。帽子の縁まで水だらけにして、すっかり疲れきって、三人は熱く焼けている河原の上で休んだ。
清いさらさらとした流れと、円い小さな石の河原とに、ずっと下の方まで、子供や大人の麦稈帽が点々と散らばっていた。
その河原の上を、月の晩には、昼間の嬉戯を忘れはてた落付いた散歩をした。静子と綾子とはよく歌をうたった。静子の声は細かな顫えを帯びており、綾子の声は張りのある朗かさを帯びていた
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