たい気もありましたし、あなたのお話を聞いて、生意気にあなたを救ってあげたいという気もありましたし、なんだかいろんな気持で参ったのでした。けれどもただ一つ、あなたの子供を産むことだけはすまいと、心に固く誓っていました。所が……冬子が出来てしまって、それから三四年たつうちに、自分の一生が何のための一生やら、これからどうなってゆくのやら、何もかも分らなくなって、それはほんとに淋しい頼り無い気持で、世の中が真暗に思われてきたのです。そして、まだその外にいろんな気持もあったようですが、ふとしたことから、昔のことを……。昔私にもやはり、恋人が一人あったのでした。恋人と云ってよいかどうか分らないくらいの、ごく淡い感じのもので、相手の人は私の気持なんか少しも御存じなかったのです。そして、イギリスへ行かれたきり、次第に消息《おとずれ》も絶えてしまいました。私の方でも結婚してしまい、次にあなたの所へ参るようになって、いつのまにかその人のことなんか、遠くへ忘れてしまっていました。そのことが、どうした拍子にか、ふと思い出されたり、夢に出てきたりするようになって、それからは妙に儚い気持に沈み込んでゆきました。そ
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