らぎらした眼の光が消えて、変にぼんやりした眼付を空に据えて、頬の筋肉が堅くこわばっていた。その頬が弛んでくるのを待って、彼は初めて口を開いた。
「お互に云い争っていてもきりがないから、落付いて心の中のことを話し合ってみようじゃないか。」
何の返辞もなかったので、彼は次の言葉を考えたが、先ず火鉢に炭をついで、熱い茶をのんだりした。
「俺のことはもうお前もよく知ってる筈だ。で此度は、はっきり俺の腑におちるように、お前の考えをきかしてくれないか。俺にはどうもお前の考え方がはっきり分らないんだが、……」
「先程から申した通りですわ。」
平素の通りの調子で彼女は答えた。そしてその様子にも、もう苛立った所はなくなって、いつもの人形に返っていた。ただ眼からほろりと涙を落した。
「いや、お前の考えは分っているが、どうしてそんな風に考えるようになったか、それを聞かしてくれないか。」
そして何度も促されて、彼女は静な調子で云い出した。
「前にお話したように覚えておりますが、私はあなたの所へ、自分の身を捨てるつもりでやって参りましたの。どうせ一度お嫁入りした身体だから、それを投げ出して、父のためを図り
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