かも駄目です。このままで子供が出来ずに年をとってしまって、惨めな身の上になるばかりです。もう何もかも、何もかも、取返しがつきません。どうしたらいいんでしょう……。」
 余りの意外なことに、洋造は茫然とするばかりだった。そして漸くのことに一言云った。
「だって、一人あればよいじゃないか。」
 すると、それがなお彼女の神経をそそった。一人あるからなおいけない、初めから一人もないのならまだ諦めもつく、とそんなことを、彼女は涙ながらにかき口説いた。それが暫く続いてるうちに、彼女は血の気の失せた真蒼な顔を急に挙げて、唇の端に細かな震えを見せながら、彼の方へつめ寄って来た。
「あなたは、他の女にばかり子供を産ませておいて、私一人をないがしろにしておいて、それでよくも、皆の顔合せをしようなどと、そんなことが云えたものですわね。」
 言葉の調子が前とは全く違っていたので、洋造はぎくりとして少し身を退いた。
「あなたは私を正妻だ正妻だとおだてておいて、私が馬鹿なものだからいい気になって、皆の前で私に恥をかかせるおつもりなんでしょう。いくら私だって、そんなに踏みつけにされては、黙ってはおられません。」
 
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