一寸呆気にとられたが、静に歩み寄ってその肩に手をかけた。
「何だよ、こんなに遅くまで起きていて、そしてふいに泣き出すなんて……。もっとしっかりしてくれなくちゃ困るじゃないか。」
彼女はもう立派にヒステリーを起していた。暫く泣きしきった後、彼の手を払いのけて、また一声泣き立てて、それから急に口早に云い続けた。
「私はもう駄目です。とても駄目です。いくら願っても子供なんか出来ません。毎月、月の初めに七日だけ、お地蔵様に日参を欠かしたこともないのに、どうして子供が出来ないんでしょう。私そのことを考えると、口惜しくて口惜しくて……。お千代にだってお常にだって、それから大阪のお蔦にまで、次から次へと子供が出来てゆくのに、私にだけは、冬子が一人出来たきりで、後がどうしてないんでしょう。皆から奥様と立てられたって、子供が出来なければ、ほんの飾り物で、床の間の置物と同じじゃありませんか。私どうしたらいいんでしょう。初めから子種がないのじゃないし、一人出来たからには、後が続いてもよい筈なのに……。いくらお地蔵様に日参しても、温泉にやって頂いても、そのしるしさえ見えないんですもの。私はもう駄目です、何も
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