いつの頃からいつの間に彼女がそうなったのか、実業界に忙しく飛び廻っている洋造には、さっぱり見当がつかなかった。彼が気付いた時には、彼女はもう善良な人形ではなくて、危険な人形となっていた。そして彼自身もいつとなしに、その危険な人形に対して、壊れ易い瀬戸物にでも対するように、手を触れないでそっとしておく習慣がついていた。
 こんな筈ではなかったが……と彼は眼を見張った。然しなぜそうなったかは、彼には少しも分らなかった。
 桃の花が散り落ちる頃から、お千代の出産日が迫ってきた。洋造は或る晩、酒に酔って上機嫌で帰って来て、八重子の眉根の震えがないのを見定めて、笑いながら云い出した。
「おい、お千代が間もなく子供を産んで来れるそうだよ。男だったら九郎となる順番だし、女だったら……藤の花が咲く頃だろうから、藤子と名づけるつもりだが、九郎より藤子の方が響きがよくていいね。だがまあどちらにしたって、それで十四人になるわけだ。十三という数は、西洋でいけないとしてあるから、なんだか気になっていたが、それを通り越すのだから目出度いよ。……これで何だね、十四人になったのだから、この秋頃には、一つ例の顔合せの
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