るかも知れないよ。何にしても、子供を手離しちゃいけないよ。養育料やなんかのことは、どうにだって交渉の仕方はあるだろう。子供は是非とも君が育てなくちゃいけない。君が生んだ子だから、そしてこれまで君が育ててきたんだから、今後も君が立派に育ててやるのが本当だ。」
彼女は言葉の切れ目切れ目に、そうだよそうだよと云うように、軽く首肯いてみせていた。彼が云い終ると、ひょいと顔を挙げて、彼の顔をじっと見た。月の光を受けた仄蒼い素顔の中に、獣のように露わな眼が真円く光っていた。沖の方から吹いてくる風と共に、彼はぞっと肌寒い感じを全身に覚えた。
「兎に角子供を大事にするんだね。」
そう云い捨てて、彼は何気ない風に歩き出した。橋の先端近くまでゆっくり歩いていって、同じくゆっくりと戻ってくると、二人の女はまだ前の通りの姿勢で、細々と語り合っていた。彼はこの上二人の話を聞くのが悪いような気がして、吸い残しの五六本はいってる敷島の袋とマッチとを、銀杏返の女に与えて通り過ぎた。
「……親切なお客さん。」
尻上りの調子で束髪の女が云ったらしい言葉が、後ろから追っかけてきたので、彼はふと振向いてみたが、急に顔が
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