たい気もありましたし、あなたのお話を聞いて、生意気にあなたを救ってあげたいという気もありましたし、なんだかいろんな気持で参ったのでした。けれどもただ一つ、あなたの子供を産むことだけはすまいと、心に固く誓っていました。所が……冬子が出来てしまって、それから三四年たつうちに、自分の一生が何のための一生やら、これからどうなってゆくのやら、何もかも分らなくなって、それはほんとに淋しい頼り無い気持で、世の中が真暗に思われてきたのです。そして、まだその外にいろんな気持もあったようですが、ふとしたことから、昔のことを……。昔私にもやはり、恋人が一人あったのでした。恋人と云ってよいかどうか分らないくらいの、ごく淡い感じのもので、相手の人は私の気持なんか少しも御存じなかったのです。そして、イギリスへ行かれたきり、次第に消息《おとずれ》も絶えてしまいました。私の方でも結婚してしまい、次にあなたの所へ参るようになって、いつのまにかその人のことなんか、遠くへ忘れてしまっていました。そのことが、どうした拍子にか、ふと思い出されたり、夢に出てきたりするようになって、それからは妙に儚い気持に沈み込んでゆきました。その頃私は、よくこんな気持で生きていられると、自分でも不思議なほどでした。それがだんだん嵩じてきて、自分でも自分が分らないほどになってるうちに、どういうのでしょう、心持がまるで変ってしまったのです。あなたにかぶれたのかも知れませんわ。皆あんなに子供を次から次へと産んでるから、私だってまだ若いし負けているものか、沢山産んでやって、皆の者を見返してやれ……そんな気になったのです。田沢や吉奈の温泉に度々やって頂いたのも、そこの湯にはいると子供がよく出来ると聞いたからでした。そしてこの頃では、毎月初めの七日間は、お地蔵様に日参をしています。それからまだ、いろんなことをしてみました。けれど、駄目なんです。こんなにまでして子供が出来なかったら、自分はどうなるのだろう……と考えてくると、口惜しいやら情ないやらで、じっとしておられなくなります。そこへまたあなたまでが、皆の顔合せをしようなどと仰言るのでしょう。こんな心持で、どうしてお千代やお常の前に出てゆかれましょう。それこそ恥の上塗りですわ。考えつめてると、かっと逆上《のぼせ》てしまいそうです。いくら夫婦の間だって、こんな恥しい話は出来やしません。それ
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