洋造は彼女の顔を見つめながら、つとめて平気な調子で云った。
「お前のように、そう無茶なことを云ってはいかんよ。俺は何も、お前に恥をかかせるだのお前を踏みつけにするだのと、そんなつもりではなかったんだ、よく気を鎮めて考えてごらん。お前に子供が出来る出来ないなんてことは、自分達の知ったことじゃないし、自分達の力でどうにもならないことじゃないか。俺はただ、子供がもう十四人にもなるので、一家が……栄えて……目出度いと思ったものだから……。」
 彼が云い渋ってるのを、彼女は頭から押っ被せた。
「何が目出度いものですか。私に沢山子供が出来て他の女に出来ないのなら、兎も角も、私には一人っきりで、他の女にばかり出来るのが、何が目出度いものですか。そんな風な考え方をなさるのが、第一私を踏みつけになすってる証拠です。」
 そういう彼女の考え方が、彼にはどうもはっきり腑におちなかった。云い争えば争うほど、益々変梃に分らなくなった。この上は彼女の気の鎮まるのを待って、ゆっくり話をした方がいい、とそう思って、腕を拱いたまま黙ってしまった。彼女はなお暫く、怒ったり悲しんだりしていたが、やがてぷつりと口を噤んだ。ぎらぎらした眼の光が消えて、変にぼんやりした眼付を空に据えて、頬の筋肉が堅くこわばっていた。その頬が弛んでくるのを待って、彼は初めて口を開いた。
「お互に云い争っていてもきりがないから、落付いて心の中のことを話し合ってみようじゃないか。」
 何の返辞もなかったので、彼は次の言葉を考えたが、先ず火鉢に炭をついで、熱い茶をのんだりした。
「俺のことはもうお前もよく知ってる筈だ。で此度は、はっきり俺の腑におちるように、お前の考えをきかしてくれないか。俺にはどうもお前の考え方がはっきり分らないんだが、……」
「先程から申した通りですわ。」
 平素の通りの調子で彼女は答えた。そしてその様子にも、もう苛立った所はなくなって、いつもの人形に返っていた。ただ眼からほろりと涙を落した。
「いや、お前の考えは分っているが、どうしてそんな風に考えるようになったか、それを聞かしてくれないか。」
 そして何度も促されて、彼女は静な調子で云い出した。
「前にお話したように覚えておりますが、私はあなたの所へ、自分の身を捨てるつもりでやって参りましたの。どうせ一度お嫁入りした身体だから、それを投げ出して、父のためを図り
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