を、あなたは無理に話さしておしまいなさるのです。……それでもやはり、皆の顔合せをしようと仰言るなら、それでも構いませんが、私は決して出ませんから……。あなたに話してしまった上は、猶更出られや致しません。私はもうどうせ初めから捨てるつもりの身体ですから、どうなっても平気ですけれど、せめて子供だけなりと、なぜ出来てくれないかと思うと、それが口惜しくて口惜しくて……。」
 ほろりほろりと彼女は涙を落しながら、丁度神の前にでも出たように、彼の前に首垂れて固くなってしまった。
 彼もその前に首を垂れて、ほっと溜息をついた。
「俺が悪かった、許してくれ。お前がそういう心なら、顔合せの会なんかどうだっていいのだ。それならそうと、初めから云ってくれれば……何も大したことではないし……。」
「でも私には一生懸命のことなんです。」
「それはそうだろうけれど……。いやもういい。そんな話は止そうじゃないか。」
 互にまじまじと心を見合ってるような沈黙が続いた。彼女はいつまでも身動き一つしないで、見た所やはりいつもの人形のように坐り通していた。するうちに、その眉根に深い皺が刻まれてきて、今にもぴくりぴくりと震え出しそうだった。彼はぎくりとして、じっとしていられなくなった。
「余り考え込むといけないよ。」と彼は云った。「もっと呑気に楽天的にしっかりしていなければ、世の中に生きていられやしないからね。お前は実際、一家の主婦で中心なんだから、お前がいなければ何もかもばらばらになってしまうのだから、そのことをよく心の中に据えといて、俺のために……皆のために、じっと落付いていてくれよ。頼む、ほんとに頼むから。俺もお前の話を聞いていると、何だか変な気持になってきそうだ。そんなのはいけない考えの証拠なんだ。どこか間違ってるに違いない。」
 云ってるうちに、彼は自分でも自分の言葉が腑に落ちなくなって、また黙り込んでしまった。それから、もう寝るように彼女に勧めた。彼女はおとなしく彼の言葉に従ったが、ただ、一言独語の調子で尋ねかけた。
「あなたは、もし誰にも一人も子供が出来なかったとしたら、どうなさるつもりだったのでしょう。」
「もう云わないでくれ。変な気がするから。」
 そして彼は其処に、一人起きていて、腕を組んで考え込んだ。妙に暖いひっそりとした晩だった。もし一人も子供が出来なかったとしたら、その先は――分
前へ 次へ
全20ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング