」
久保田さんは眼をくるくるさして、満足げに怜悧な長男を眺めた。その時、新たな想念が頭を掠めた。
「なるほど、嬰児……だが天国はいかんよ。嬰児の如くならずば神の国に入ることを得ず。そこで……子供の如くならずば人の国に入ることを得ず……大人の如くならずば悪魔の国に入ることを得ず……。」
「叔父ちゃん、ほら、臼だよ。」
膝頭まで御鉢入れを被ってごそごそやりながら、子供が徐々に近寄ってくるのを、久保田さんは突然気付いて、わざと頓狂な声を出して、少し後ろに飛びしざった。
「神の国……人の国……悪魔の国……。」
繰返し胸の奥で唱えていると、頭の中がぱっと明るくなったような気がした、と同時に、室の中も妙に明るくなったようだった。
「ほほう、なるほど!」
という気持で、久保田さんは一同の顔を見廻した。それから肩をぴくりとさした。そこへまた臼がやって来た。
「さあ此度はまたわしが臼だ。」
御鉢入れを子供からひっこぬいて、頭にすっぽりと被った。
それから、女中が蜜柑を持ち出すまで久保田さんは子供達と遊んだ。渇いた喉に蜜柑を二個貪り吸うと、皆の世間話をそのまま放っておいて、寝室の方へはいっていっ
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