の高い若い女で、束ね目も見せず一面に縮らした髪の下から、その耳朶がぽっかり覗き出していた。くるくると巻いてやんわり垂れてる薄赤いやつが、殆んど皮膚と地並な白い産毛《うぶげ》に包まれて、赤味がかった細かい縮れ髪の中で、宛も海藻の中に浮いている、小さな水母のように見えたり、生きた貝殼のように見えたりした。光の加減かなんかで、そういう二つの変化を鼻っ先の耳が示す毎に、久保田さんは肩をぴくりとやっていたが、やがて腹の底がむしゃくしゃしてきて、同時に胸の中がもやもやっとしてきて、垂れていた右手を何心なく挙げると、ひょいとその耳の下の端をつまんでしまった。そして、中までふうわりしてきりっとしまった、もちゃもちゃした感じに喫驚したが、間髪を容れずに、縮れっ毛の大きな頭が迅速にぐるりと動いたので、また更に喫驚して、久保田さんはエヘンと大きな咳払いをした。それから殆んど本能的に、袂の煙草を一本探って、すぐに火をつけながらすぱすぱやったが、あたりの皆の眼が一斎にこちらを向いたので、三度喫驚して立竦んだ。丁度その時、車掌台に近い頭の上で、チンチンと二つ鳴ってまたチンと鳴ったので、久保田さんは初めて我に返った
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