心地で、それでも火のついた煙草を片手に差上げながら、泳ぐような手付で人をかき分けて、まだ少し動いてる電車から飛び降りてやった。そしてよろよろっとした足を踏みしめ、また一つエヘンと咳払いをしておいて、気付いた片手の煙草を二吸い吸うと、無性に可笑くなった。
やがてそれが堪えられなくなってきた。明るい歩道のはじをひょこひょこ辿りながら、右手の親指と人差指とをすり合して、まだ残ってるもちゃもちゃした感じを、一方では不思議な気持で味うと共に、他方では滑稽な自分の姿を頭に浮べて、久保田さんは思わず放笑してしまった。それを押え止めようとすればするほど、益々喉元にぐっぐっとこみ上げてきた。
それから可なりある道を、久保田さんは歩いて戻った。そして茶の間の火鉢の前に落付くと、此度は思い切って高笑いをした。食後一緒に集っていた夫人や姪や二男や姪の子供達が、驚いた眼付で久保田さんの方を眺めた。
「どうなさいましたの?」と夫人が顔の皺を伸して尋ねかけた。
久保田さんは笑いを止めて、煙草を吹かしながら答えた。
「今日は何だか目出度い日だね。」
八歳になる姪の子が、まん円い眼付でつめ寄ってきた。
「何が! え、叔父ちゃま、何が?」
それをいきなり抱き上げて、久保田さんは子供の遊び仲間にはいっていった。
遊びごとはいくらもあった。じゃんけん、おはじき、影写し、おばーけ、こーこはどーこの細道じゃ、人取り、お馬ごっこ、ダンス………夫人や姪まで笑いくずれたし、お清も見物したし、中頃からは、洋太郎ものっそり勉強室から出て来た。
「お前もはいらないか。」と久保田さんは赤くほてった顔で云った。
「ええ。」と曖昧な調子で答えておいて、洋太郎は火鉢の側にくっついてばかりいた。
その代りに、中学二年生の二男が遊びに加わった。姪の子供達も、平素厳めしい大叔父さんがふざけるのを喜んだらしく、なお一層はしゃぎ出した。それでも久保田さんにはまだ足りなかった。嫁にいってる長女とその三歳になる子とが欠けていた。それを補おうとするように、久保田さんはなお騒ぎ立てた。台所から藁の御鉢入れを持ってきて、その蓋を頭の上でくるくる廻したが、此度は下の深い方を頭からすっぽり被って、それをゆるやかに動かしながら、膝頭で歩き出した。
「さあ猿蟹合戦だ。わしは臼だぞ。」
子供達はきゃっきゃ云って逃げ廻った。
膝小僧がともする
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