と覗き出しそうになるので、両手で着物の前を押えて、ぴしゃんこに坐って一息ついていると、久保田さんはふと、藁で分厚《ぶあつ》に編んだその深編笠の中で、白々《しらじら》とした気持になった。
「こんなに調子に乗って騒いでいて、一体どこまでいったらおしまいになるのかな。」先刻から妙に眼を輝かしてきた夫人と姪、微笑の合間にちらと見合しているらしい洋太郎とお清、それが両面からじっと自分を窺ってるようだった。それから子供達は……。「いや、子供達の喜び方はどうだ!」
そして久保田さんはまた、臼になって膝頭で歩き出した。
「此度は僕が臼だ。僕だよ。」と叫んで六歳の子が飛びついてきた。
「よしよし。」
すっぽりと御鉢入れをぬいで、頭についてる藁屑を払い落していると、お清と洋太郎とがまたちらと目配せしたようだった。久保田さんは肩をひょいと落したが、一寸小首を傾げながら洋太郎に云った。
「お前はこういう句を知っているか。ええと……子供の如くならずんば……神の国に入るを得ず……。」
洋太郎は落付払った微笑を洩した。
「少し違っていますよ。嬰児の如くならずば天国に入ることを得ず……というのじゃありませんか。」
久保田さんは眼をくるくるさして、満足げに怜悧な長男を眺めた。その時、新たな想念が頭を掠めた。
「なるほど、嬰児……だが天国はいかんよ。嬰児の如くならずば神の国に入ることを得ず。そこで……子供の如くならずば人の国に入ることを得ず……大人の如くならずば悪魔の国に入ることを得ず……。」
「叔父ちゃん、ほら、臼だよ。」
膝頭まで御鉢入れを被ってごそごそやりながら、子供が徐々に近寄ってくるのを、久保田さんは突然気付いて、わざと頓狂な声を出して、少し後ろに飛びしざった。
「神の国……人の国……悪魔の国……。」
繰返し胸の奥で唱えていると、頭の中がぱっと明るくなったような気がした、と同時に、室の中も妙に明るくなったようだった。
「ほほう、なるほど!」
という気持で、久保田さんは一同の顔を見廻した。それから肩をぴくりとさした。そこへまた臼がやって来た。
「さあ此度はまたわしが臼だ。」
御鉢入れを子供からひっこぬいて、頭にすっぽりと被った。
それから、女中が蜜柑を持ち出すまで久保田さんは子供達と遊んだ。渇いた喉に蜜柑を二個貪り吸うと、皆の世間話をそのまま放っておいて、寝室の方へはいっていっ
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