奈良漬くらいでよかったら……。」
「それだけありゃあ沢山。じゃあまた酒が切れたら願いましょう。」
そして彼はすぐに、五十銭銀貨を蟇口にしまい込んだ。実にはっきりしていた。それが却って俺には心地よかった。ただ少し不承なのはお久のやり口だった。
「酒があるならあると、早く云やあいいのに。実は俺は飲みてえのを我慢してたんだぜ。」
「それごらんよ、飲みたいのを我慢するだけの引け目が自分にあるじゃないか。……私もね、お前さんが美事調えてきてくれたら……と思って取っといたんだけれど……。」
いつも亭主をやりこめることばかり考えてる女だ、と俺は思ったが、人前で云い争うでもないので黙った。その上彼女は、一寸昔の可愛さを思い出させるような、上唇を脹らませる薄ら笑いを浮べていたので、俺も曖昧な笑顔をしてやった。けれど彼女の言葉を、池部は聞きとがめていた。
「何だい、その調えるとか調えないとかいうのは……。まさか、柄にもねえ仲人口を利いてるっていうんでもあるまいし……。」
「なあに、実は金の工面さ。」
「ああなるほど。」そして彼は如何にも腑に落ちたという顔付をした。「実は俺も少しいるんで心当りを探ってみ
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