たんだが、世間は不景気だね。」
「全くだ、世間は不景気だ。」
 そして俺達は笑い出してしまった。この場合、世間は不景気だということが、すっかり気に入って嬉しくなったのだった。
 酒の燗が出来て、※[#「魚+昜」、136−上−12]が裂かれて、杯を重ねてるうちに、池部は俄に改った調子で尋ねかけてきた。
「時に君の職の方はどうなったい?」
「ああどうにか、深田印刷の方にきまったんだがね、年内はもういくらもねえし、正月は初めのうち休みだてえんで、正月の十五日頃から出てくれと云うんだ。貯金があるじゃあなし、それまでの無駄食いに弱ってるんだ。」
「なあに、そいつあ先が安全だからいいじゃねえか。俺なんか、歳暮《くれ》の臨時雇だから、お先真暗で、心細いったらねえよ。……こうなったのも松尾の奴のお蔭だ。」
 池部はじっと俺の顔を覗き込んできた。また何か計画《たくら》んでるんだな、と俺はすぐに感じたが、彼の言葉は意外な方面へ飛んでいった。
「君はあの後笹木に逢ったことがあるか。」
「ねえよ。」
「実はね、笹木の奴が松尾と共謀《ぐる》だったんだぜ。」
「え、笹木が!」
「そうさ。立派な証拠があるんだ。」

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