た。お久に云わすれば、せめて子供達の着物だけでも受け出さなければ、よい正月は迎えられないそうだった。まあそれもいいとして、受け出すべき六十円余りの金の工面が問題だった。その他に俺としては、家賃や諸払や、半分でも入れとかなければ義理の悪い時借《ときがり》など、全部でかれこれ、百五十円ばかりは必要だった。職の方が漸くきまると、早速金の調達に奔走しだしたのだが、「こう押しつまっては……」と、何処も型のように断られた。俺の方では、押しつまったればこそ金がいるんだが、向うでは、押しつまったから金が出せないと云う。必要がさし迫れば迫るほど、益々途が塞ってくるわけだ。どうにも仕方がなかった。けれどまだ、ぎりぎりの瀬戸際までいったわけではない。
「じゃあ、その瀬戸際にいってどうするつもりだよ?」
 それが、お久の最後の鉄槌だった。まさか俺だって、其処までいったのにいい加減なことも云えないし、打挫がれて黙り込むより外はなかった。けれど……けれど……やはりまだ瀬戸際まで押しつまったわけではない。
「まあ、明後日までのうちにはどうにかするよ。」
 何だか俺は飯もまずくなってしまった。腹が少しばかり出来てきた
前へ 次へ
全46ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング