みよ[#「みよ」に傍点]は何とも答えないで、きょとんと首を斜に動かしてみせた。
「おい、」と俺はお久の方へ向いて云った、「みんな旨そうに食ってるじゃないか。毎日旨く飯が食えりゃあ何もくよくよすることはねえよ。」
お久はじっと眼を伏せていた。何かに心動かされたとみえて、涙ぐんだらしい瞬《めばた》きさえしていた。それでも溜息をつくことを忘れなかった。そして云った。
「せめてね、よいお正月だけでも迎えられるといいんだが……。」
「何を云ってるんだい! よい正月だか悪い正月だか、なってみなけりゃ分らねえさ。」
「そんな呑気なことを云ってるからお前さんは駄目なんだよ。今日を一体幾日だと思ってるの?」
「今日は歳暮《くれ》の二十八日さ。」
「それごらんよ、明後日《あさって》一杯きりじゃないの。」
なるほどそう云えばそうだった。実は先達、質屋から厳重な通知が来ていた。お久の着物二三枚と子供達の晴着三四枚と――俺は枚数をよく覚えてはいないが――それを入質したまんま、もう六ヶ月も利子をためてた所が、来る三十日迄に利子を入れなければ、年末業務整理のため相流し可申候と、わざわざ筆で書き添えた督促状だっ
前へ
次へ
全46ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング