うしていいか困った。まあ泣くだけ泣かしておけ、という気になって煙草に火をつけた。
 その時俺は、本当に冷水をでも浴びたようにどっと震え上った。何気なく隣りの室を見ると、半分ばかり開いてる襖の間から、斜かいに射しこんでる電燈の光をちょっと受けて、何か人間の形をしたものが、布団の上に坐っていた。じゃ……とよくよく眼を据えてみると、信一が起き上って、寝呆け面《づら》でこちらを見てるのだった。
「何を起きてるんだ、寝っちまえよ。」と俺は怒鳴りつけてやった。
 がその後で、俺はじっとしておれなくなって、その方へ立っていった。信一は布団の中に頭までもぐり込んでいた。俺はそれを行儀よく寝かしてやった。
「いい児だからもう眠るんだよ。明日、好きな物を、何でも、買ってやるからね。」
 そして俺は、彼がもう眠ったろうと思うまで、側について手を握っていてやった。
 俺はそっと立上って、元の所へ戻ってきた。お久はいつのまにか神棚の前に坐り込んで「天《あま》照る神ひるめの神……」を初めていた。まあするままにしておけ、という気になって、俺は火鉢の上に屈み込んだ。頭がずきずき痛んで仕方なかった。その痛みへ彼女の祈り
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