いた。で心持ち息をつめて、此度はどちらへ落ちてゆくかと待受けてやった。やがて彼女は云い出した。
「一文も出来ないで、よくまあおめおめ帰って来られたもんだね。今日は岐度まとまった金を拵えて、お前を安心さしてやると云って、出かけたじゃないか。ほんとに意気地なしだね! さあ、今朝の言葉は何処へいったの? お金は何処にあるの?……愚図のくせに、極りが悪いということだけは知ってるとみえて、子供に玩具《おもちゃ》なんか買ってきてさ、その手で私を瞞そうたって、そうはゆかないよ。玩具買うお金があったら、お米でも買ってくりゃあまだ気が利いてるのに……。今頃までほっつき歩いてて、よく手ぶらで帰って来られたもんだね。傘を借りてくる所もないと見えて、雨にまで濡れてさ……。」
 なるほど彼女の言葉は、俺の痛い所へ触れていった。着物がしめっぽくなってることや、口実に玩具を買ってきたことや、当もなくぶらついたことなどを、ちゃんと見通したような口の利き方をしていた。けれど、彼女の心に映るのは、ただそんなことだけで、それから一重奥のことは、全く分らないのだ、と思いながら俺は云った。
「なあに、今にサンタクロースの爺さん
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