なく前後を透して見て、薄暗い小路に人影もないのを見定めてから、そっと格子を開いた。それからつかつかと上り込んでいった。
第一に俺の眼についたのは、神棚の明々とした蝋燭の火だった。一寸不快になった所へ、お久が顔色を変えて俺の方を見上げた。
「どうしたんだよ、お前さん、頭から血が流れてるー。」
「えッ!」
頭に手をやってみると、左の耳の上の方が円く脹れ上って、ねっとりと血がにじんでいた。あれだな……と思うと同時に、ひどく頭が痛んできた。俺は何とも云わずに、そのまま台所へ行って、血を洗って頭を冷した。いい気持だった。
暫くして俺はまた戻ってきたが、その間お久は、火鉢の側で石のように固くなっていた。そして俺の姿を見ると、いきなり罵り立てた。
「やっぱりそうだったんだ! 私お前さんをそんな人だとは思わなかった。自分でよくも恥しくないんだね。浅間しくないんだね!……私もうお前さんから鐚一文だって貰やしない。ええ貰うもんか、飢《かつ》え死にしたって貰やしない。さぞたんとお金を持ってきたんだろうね。そんなものなんか溝の中へでも棄っちまいなよ。恥知らずにも程がある!……。」
俺は呆気《あっけ》に
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