ひっかけなかった。そして俺達は黙りこくったまま、広い通りを十町余り歩いてきた。その時谷山は、手に握ってた棒切を初めて投げ捨てた。
「どうしたんだ。」
「これで奴等の向う脛をかっ払ってやったんだ。」
 そしてまた四五町行くと、谷山はふいに俺へ言葉をかけた。
「俺は本当に金を工面してくるぜ。」
 俺はその意味が分らないで、彼の顔を見返してやった。そして咄嗟に、酒場での彼の約束は嘘で、此度のは本気であるということが分った。
 俺は笑いたくなった。笑っちゃいけないような気がしたが、一人でに笑いが飛び出してきた。谷山も笑った。池部が眉根をひそめて――何を不快がったのか――俺の方をじろりと見た。が俺は気にしなかった。三人は本当の仲間だということを胸のどん底に感じでいた。
 やがて俺は彼等と別れた。
「明日の晩行くぜ。」と谷山は云った。
「俺も一緒に行く。」と池部は云った。
 俺は一人でぶらりと帰っていった。池部と谷山も、やはり一寸口を利いただけで別れてゆくだろう、考えてみて、また笑いたくなった。思い切って高笑いしてやろうかな、と思っているうちに、頭がぼんやりしてきた。
 家の前まで来ると、何故とも
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