どかどかと足音がして、勝手許の戸が開いたかと思うと、ぱっと光がさした。その光を浴びて出て来た横顔は、意外にも浅井だった。手に下駄を下げていた。続いて笹木の姿が見えた。二人は二三歩踏み出してきた。
 俺達は余りの意外さに面喰った。その驚きからさめると、凡ての事情が一度にはっきりしてきた。もう疑う余地もなかったし、問い訊す必要もなかった。三人同時に飛び出した。向うは棒立ちになった。それから身構えをした。両方で一寸睥み合った。力一杯に気と気で押し合った。そして息が続かなくなった時、俺は真先に笹木へ飛びかかって、拳固で横面を一つ張りつけてやった。笹木はぐたりと倒れた……と俺が思ってるうちに、足にはいてた下駄を掴んで、立ち上りざま俺の頭を狙ってきた。避《よ》ける隙も何もなかった。がーんと頭のしんまで響き渡った。眼がくらくらとした。それからはもう夢中だった。
 殆んど瞬く間だった。俺達三人は、ぼんやりつっ立って顔を見合った。地面には、笹木と浅井とがぶっ倒れて唸っていた。俺達は黙って其処を立去った。不思議なことには、初めから言葉一つ口に出さなかったし、立去る時にも捨台辞《すてぜりふ》一つせず、唾一つ
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