は何かことことと用をしてるらしかった。それがしいんと静まり返った。人声一つ聞えなかった。俺達は怨めしげに、斜め上の二階を見上げた。その戸の隙間から洩れてる光に、僅かな望みを繋いだ。然しいくら待っても、笹木のらしい人声は聞き取れなかった。もう寝てしまってるのかも知れないし、或は実際居ないのかも知れなかった。どうしたものだろう……と俺達は囁き合った。いつまで待ってればよいのやら、更に見当がつかなかった。しまいに谷山は焦れだして、小さな石を一つ二階の雨戸に投げつけてみた。何の応《いら》えもなかった。身体がぞくぞく冷えきっていった。
俺達は何度も、表通りへ出てみたり、また裏口へ忍び込んだりした。そのうちに陰鬱な云いようのない気持になってきた。それかって今更すごすご帰ってゆく訳にもいかなかった。底のない淵へずるずる落込んでゆくようなものだった。待てば待つほど、その待ったということに心が縛られていった。そして、無理に心をもぎ離して立去るか、思い切って踏み込んでみるか、その二つの間の距離がじりじりと狭まっていった。俺達は最後にも一度、路次の中に釘付になった。
その時、全く天の助けだった、家の中に
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