嘘を云ってるなと俺は思った。お久が何か余計なことを饒舌ったので、それで俺を敬遠しようとしてるのに違いなかった。然しそんなことを詮索してる隙はなかった。こうなったからには俺は後へは引けなかった。一緒に行くことを頑強に主張してやった。池部もしまいには折れて出た。
俺達が酒場から出て笹木の家へ向った時は、もう十一時を過ぎていた。空に処々雲切れがして、寒い北風が地面を低く吹いていた。俺達は出来るだけ急いだ。三十分ばかりで笹木の家の前まで来た。然しどうして笹木を捕えるかが厄介だった。いきなり踏み込んでいってもし本当に不在ででもあったら、いい恥曝しだった。それかって呼び出す方法もなかった。居るか居ないかを外から確かめるより外はなかった。
表戸はもうすっかり閉め切ってあった。それに耳をつけて聞いてみたが、中はひっそりとして何の物音もしなかった。その上、長く立聞きをする訳にもゆかなかった。ちらほらとまだ人通りがしていた。困ったなと思ってると、池部が勝手口の路次を見付けた。開扉《ひらき》には締りがしてなかった。俺達は泥坊のようにそっと忍び込んだ。つき当りの勝手許まで辿りついて、其処に身を潜めた。中で
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