そして正月の十五日からは仕事にありつけるんだ。いくら貧乏したってそれまでの間だ。どうなったって構うものか。歩いてやれ、ぐんぐん歩いてやれ!
俺はどこまでも歩いていった。だが、泥濘《ぬかるみ》の道を足駄で歩いてるので、しまいには疲れてきた。少し休みたいなと思い思い歩いてるうちに、上野公園に出て、動物園があることを思い出した。
動物園の中は、昔来た時とはすっかり模様が変っていた。けれど馴染の象や熊は昔通りだった。俺はぼんやり一廻りしてから、大きな水禽の檻の前に腰を下した。年末のせいか、粗らに見物人があるきりで、ひっそりしてる中に鳥の鳴声だけが冴えていた。俺は鼻糞をほじくりながら、いつまでもじっとしていた。背中がぞくぞく寒かったが、それくらいは仕方なかった。薄曇りの雲越しに、どんよりした太陽がだんだん傾いていった。
そのうちに、身体が冷えると共に空腹を覚えだした。俺は苦笑しながら立上った。動物の餌にする煎餅の五銭の袋を二つ買って、両方の袂へ忍ばせた。その煎餅を体裁に二つ三つ象へ投げやってから、こそこそと動物園を出た。そして公園の木立の影を歩きながら、煎餅をかじった。その自分自身が惨めで
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