人として残っていなかった。俺はただ一つ処にじっとしていないために、犬も歩けば棒に当るというくらいな気持で、ぶらりぶらり歩いたのだった。もう松や笹を立て並べて、年末の売出や買物に賑ってる街路を、俺は野放しの犬のように、鼻をうそうそさせながら、足の向く方へと歩いていった。人の手前では、まだどうにかなるだろうという、痩我慢の気持になることも出来たが、往来の雑踏のまんなかに、寒い風に吹かれてる一人ぽっちの自分を見出すと、もうどうにも仕方がなかった。昨夜の雨は雪にならずに済んだが、そのため却って道路がぬかってるし、空は薄曇りに曇って、いつまた冷いものが落ちてこないとも分らなかった。せめて外套でもあればまだ気が利いてるけれど……。どうして俺はこう貧乏なんだろう? どうして仕事もないんだろう? どうして世の中に正月なんて区切がついてるんだろう?……つくづく俺は自分の身がなさけなくなった。力一杯に働いていて貧乏するのならまだいい。仕事がなくて食えないほど惨めなことはない。どうして俺はもっと早く仕事を見付けなかったんだろう?……だがまあいいさ、四十九日が過ぎるまで母の喪に籠ったのは、せめてもの仕合せだ。
前へ 次へ
全46ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング