はどうなったか俺は覚えていないが、そのゴム毬のようにころころした餅肌の子供を神棚に投げ上げてる所が、眼覚めて後もはっきり頭に残っていた。何とも云えない忌々しいような嬉しいような、変梃な気持だった。
俺はぼんやり考え込みながら、神棚の方をじっと眺めやった。大根〆も御幣も黒く煤け、閉めきった扉の屋根とには、蜘蛛の巣が破れながら懸っていた。お久は手をつけるのが勿体ないとでも思ってか、母が死んで以来掃除をしたこともなかった。そしてその煤と埃との中に、榊の緑葉とその花立と真鍮の蝋燭立とが、なまなましい色に浮出していた。それを見てると、俺は変に落付かない気持になった。その上お久は、また金の工面のことで俺に訴え初めた。俺は一切のことから逃げ出すような気で、十時頃から外に出かけた。さも当があるような風で、爪を切ったり髯を剃ったりして、また一帳羅の銘仙をひっかけていった。
然し実は、当なんか全然なかった。少しでも融通してくれそうな所は、みな駈け廻ってしまった後だったし、いついつまで返事を待ってくれと云って、暫くでも俺の希望を繋がしてくれる[#「繋がしてくれる」は底本では「繁がしてくれる」]者さえ、一
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