仕方なかった。
煎餅をかじったのが、却って腹のためにいけなかった。大急ぎで呑み込んだ固いやつが、空っ腹の底でごそごそしてるような気がした。そして一時間[#「一時間」は底本では「一時問」]ばかりたつと、もり[#「もり」に傍点]を一杯食うために、饂飩屋へ飛び込まずにはいられなかった。
さて、晩になって、俺はまた昨日と同じような破目に陥った。いくら何でも、このまま家へは一寸帰りにくかった。笹木のことで池部が来るかも知れないと思ったが、それももう面倒くさかった。蟇口の底を見ると、まだ三十銭残っていた。お久が今日の運動費に入れてくれたのが、それで全部になるわけだった。何に使ってくれようかと思ってるうちに、ふと小さな活動小屋が眼についたので、本当に財布の底をはたいてその中にはいった。
所が、はいってすぐバットに火をつけてると、白い上っ張りをつけた女がやって来て、あちらで吸って下さいと云った。俺はおとなしくその狭い喫煙所の方へ行った。水のはいったブリキの金盥をのせてる小さな卓子を、粗末な木の腰掛が取巻いていた。俺はそこに腰を下して、卓子に両肱をつきながら、ぼんやり煙草を吹かした。弁士の声や華や
前へ
次へ
全46ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング