という気持でむっくり起き上ってみると、驚いたことには、灯明をあかあかとともした神棚の前で、お久がくぐまり込んで、「天照る神ひるめの神……」を初めている。薄汚れのした紡績の着物にはげちょろのメリンスの帯、その肩から腰のあたりへ、ぼんやりした電燈の光を浴びて、縮こめた首筋へ乱れかかってる髪の毛が、気味悪くおののいている。おや!……と俺は思った。その姿形が亡くなった母によく似ていた。ただ、脂ぎってねっとりしてる黒い髪だけが、母のぱさぱさした赤毛と違っていたが、それが却って不気味だった。俺は我知らず立上った……途端に、彼女はじいっと振向いた。その顔が、母の死顔そっくりだ……と思う気持だけでぞっとしたが、何のことだ、やはりお久の顔だった。而も、俺が起き上るのを内々待ち受けていて、それをわざと空呆《そらとぼ》けてる、という顔付だった。その気持が余りまざまざとしてただけに、却って俺の方が落付を失った。
「何をしてるんだ!」と俺は怒鳴った。
彼女はふふんと鼻であしらうような調子で、上唇を脹らませる薄ら笑いを浮べた。俺はつっ立ったまま、彼女をじっと見据えた。足で蹴りつけてやろうか……両腕で抱きしめてや
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