て》もあったろうが、その狂言に自分から引っかかっていった。もう立派な病気で、時々その発作を起した。本当に信じてるのではなくて、平素は可なり冷淡だっただけに、猶更仕事が悪かった。
「こいつあ少し手酷しいや。母の生きたお化《ばけ》だ!」
 そんな風に俺は考えることもあった。然し冗談ぬきにして、実はだいぶ気にかかった。どうにかしてやらなければいけないと思った。一寸可哀そうな気もした。だが、今にどかっとまとまった金がはいれば、その病気もなおるかも知れない。サンタクロースの爺さんでも、金袋を背負ってやって来ないものかなあ……。
 俺はそんなことを空想しながら、褞袍《どてら》にくるまって仰向に寝そべっていた。実は池部と飲んだ酒が変に空っ腹に廻ってだいぶ酔ってるらしかった。木目も分らないほど煤けた天井板が、一枚一枚くっきりとなって、波にでも浮いてるように、ゆらりゆらりと動き出していた。そしていつのまにか、一寸だらしのない話だが、いい気持に居眠ってしまった……。
 それからどれくらいたったか知らないが、俺はふと眼を覚した。急に寒気がしてぶるぶると震えた。感冒《かぜ》をひいたかも知れない、しまったな……
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