まおうかと、俺が冗談に云い出すと、お久は変にぎくりとして、滅相もないという顔付をした「神棚には母の魂が籠ってる」……と口には出さないが、そう思ってるに違いなかったし、俺にも何だかそんな気がしていた。けれど俺の方は、物も供えず払塵《はたき》もかけないで放っておかれる、埃と煤とにまみれたその神棚を、次第に無関心な眼で眺めるようになってきた。何もお化《ばけ》が出るわけじゃなかったのだから。然しお久の方はそういかないらしかった。母の四十九日も済み、ほっと安堵した所へ、母の病気や葬式に金を使い果してしまったし、俺は松尾のことで職を失って収入がないし、年末にはさしかかるし、生活がぐっと行きづまってしまったので、それにひどく気を揉んだらしかった。そして、これは神棚を粗末にした罰だなんかって、馬鹿げきったことを云い出した。俺がいくら云い聞かせたって、母のことが頭の底に絡みついてる彼女には、少しの利目もなかった。俺が云い逆えば逆うほど、彼女は益々強情になっていった。神棚に灯明をつけ榊や水や飯を供え、母と同じように祈りを上げ初めた。一つには、腑甲斐ない俺を励ますつもりもあったろうし、俺に対する面当《つらあ
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