も碌に利けなくなると、しきりに手真似で何か相図をしだした。その意味がどうしても分らなかった。彼女はじれだして、ひょいと床の上に坐ってしまった。俺達は喫驚した。無理に寝かしはしたが、それが彼女にとっては最後の打撃だった。仰向にひっくり返って、息を喘ませながら、喉に火の玉でもつかえてるような風に、変梃な口の動かし方をして、しきりに神棚の方を指さした。その手はもう冷たく痙攣《ひきつ》りかけていた。お久が側についていて、頭を水で冷してやり、俺はまた大急ぎで、神棚に灯明を二つもつけ、神酒を上げ、新らしい榊の枝を供えたりしたが、まだ彼女の気に入らないらしかった。彼女の全身は神棚の方へ飛びかかってゆくような勢だった。骨ばかりの汚い手が神棚の方へ震え上り、白目がしつっこく神棚の方へ据えられ忙しない息がはっはっと神棚の方へ吐きかけられた。俺達はすっかり狼狽した。どうしたらいいか迷った。するうちに彼女は漸く静まった。ほっと安心すると、その時彼女はもう冷くなりかかっていた。
 彼女が死んで、その葬式を済すまで、いやその後までも、俺達には神棚が不気味で気にかかった。然しどうにも仕様はなかった。神棚を取払ってし
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