は、俺達は自分の印刷会社から出て、一人前百円ずつ手当とかいう名義の金を貰い、新会社に雇傭の契約を済して、その会社が事業に着手するのを待っていた。或る印刷所を買い取ってすぐに仕事を初めることになっていた。所がいつまで待っても会社は出来上らなかった。笹木が始終俺達の代表となって松尾と交捗していた。するうちに、松尾が突然姿を隠してしまった。富豪から出さした一万に近い金を拐帯したとの噂だった。富豪の方はどうしたか知らないが、俺達の方では実に困った。幾度も寄合っては前後策を講じた。笹木が真先に冷淡な諦めを唱え出した。それに反対する者の方が多数だったけれど、松尾の行方が分らない以上は仕方なかった。皆生活に困る連中ばかりで、いつのまにか散りぢりになって、思い思いの職を求めていった。――俺の方では、その事件の最中に、母に病気されて遂に死なれてしまい、ごたごたしてるうちに、年末に近づいてくるし、漸く深田印刷会社に一月の半ばから出ることになったが、生活の方が行きづまってしまったのだった。
 笹木が松尾と共謀していたのだとすれば、俺の憤怒は当然笹木に対して燃え立たなければならない筈だのに、ただぶすぶすといぶ
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