込へ廻るかも知れないと、前以て伝えておいた。何でもなく済むものだと、私は思っていたし、母もそう思っていたらしい。吉川の様子は意外だった。
私は紅茶を三人分いれた。吉川は来客用のウイスキーを求めて、紅茶にどくどくと注いだ。それも珍らしいことだった。
「どうかしたんですか」と母が尋ねた。
「どうもこうもありません。伯父さんに怒られちゃった。こちら三人とも、物識らずの分らずやだと、さんざんやっつけられちゃった。」
「いったい、それは、なんのことですか。」
「政子さんの、お産の入院中の、あの留守居のことです。」
吉川は酒の香の強い紅茶を飲み干して、更にも一杯求めた。
やがて吉川は気を取り直したらしく、思い起すように話しだした。
母の代りに美津子が参りますと、吉川は簡単に伝えた。すると、その理由を説明せよと追求された。説明出来るような理由なんか、何もなかった。もう宜しい、留守居は頼まん、といきなりやられた。母にと頼んだのであって、美津子に頼んだのではない、というのである。美津子はまだ嫁に来て日も浅く、こちらのこともよく知らない。母がいるのに、美津子を呼び寄せたとあっては、世間の義理に反するし、先方の実家に対しても申訳がない。そういう道理が、三人とも分らないのか。新嫁を代りに行かせるという母にしろ、それを承諾した美津子にしろ、そんなばかなことを言いに来た貞一にしろ、どれもこれも分らずやばかりだ。もう断然留守居は頼まん。そういうひどい剣幕だった。吉川は驚いて、ひたすらお詑びを言った。すると今度は、いったい日常どんな暮し方をしてるのかと、仔細に聞かれた。至極平和な日常のことを、ありのまま伝えると、母にもう隠居しろと言え、こんどわたしが隠居を勧告してやる、そう言われた。そして吉川は酒を飲ませられた。伯父さまもやたらに飲んだ。たいへん憤慨してるようだった。
「わたしの言ったことを、そのままよく伝えておけ、と伯父さんは言ったけれど、僕にも、なんだかよく腑に落ちないんだ。伯父さんはいったい、堅っ苦しすぎる。なにも、僕を叱りつけなくってもよさそうだ。」
吉川の方で憤慨していた。伯父さまの言葉をそのまま伝えたのも、一つの欝憤晴らしだったのだろう。――然し私には、伯父さまの言ったことが理解出来る気がした。
みんな黙り込んでしまった。母は溜息をついて、冷えきった紅茶に酒を垂らした。
「
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