雇おうにも、よい人柄の者はなかなか見つからないようだし、伯父さまがだいたい家政婦というのを嫌いらしい。そこで、奥さんの入院中だけで結構だから、こちらの母に来て貰えまいか、ただ家の中に坐って指図だけしてくれればよい、との頼みだった。
 よく考えてみて、家の者とも相談してみよう、そう母は答えたそうであるが、実は駒込の家に行くのが嫌なのである。そして私が代りに行ってくれまいかとの意向であり、先ず吉川に相談してみたのだった。
 私は少し驚いた。まあ二週間か三週間、長くて一ヶ月、女中のつもりで行っても構わないが、あちらの人たちとは全く馴染みはないし、多分何の役にも立つまい。母なら、万事先のことを心得てるし、もともと伯父さまからも母への頼みなのである。
 吉川も少し当惑してる風だった。
「どうしてお母さまはお嫌なんでしょう。」と私は尋ねてみた。「なにか気まずいことでもおありになるのかしら。」
「そんなことはない筈だ。いつも往き来してるんだからね。」
「忙しいのがお嫌な筈もありませんわね。働くことが好きだと言っていらしたんですもの。」
「むしろ、何にもしないでじっとしてるのが嫌な方だよ。」
「あたしによその家を見学させるおつもりでもないでしょう。」
「そんなことはないだろう。」
「よその家に泊るのがお嫌なのかしら。」
「僕もそうかと思って、聞いてみたら、駒込の内には二度ばかり泊ったことがあるじゃないかと、逆襲されちゃったよ。」
「あたしには分らないわ。」
「僕にもよく分らない。だが、長く家を空けるのが嫌なのかも知れない。一日か二日ならいいけれどねえと、お母さんは言ったよ。」
 とにかく、母の気持ちを穿鑿したってどうにもならないことだった。そして結局、私が代りに行くことを承諾するより外はなかった。然し伯父さまの方へは、その旨を打ち合せておかなければいけなかった。
 翌日の晩、だいぶ遅く、吉川は酒に酔って帰って来た。珍らしく不機嫌で心平らかでない様子だった。
「駒込の家に行って来ましたよ。」
 母にそう言ったきり、洋服のまま炬燵にもぐり込んで、口を噤んでしまった。暫くして顔を挙げ、私に言った。
「紅茶をいれて下さい。」
 その丁寧な語調によって、吉川が私にまで怒ってることが分った。私は腑に落ちなかった。母も不審そうな面持ちをしていた。私は母にもし会社を早めに切り上げられたら、吉川は駒
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