、見上げていると、むくむくとふくれ上って、今にも凡てのものを蔽いつくそうとしてるがようでした……恰度、数日前のように……。
 あの時、私達は家の縁側にいて、夕立雲が空を呑みつくしてゆくのを眺めていました。雲に空がかくれて、向うの小山から谷間へかけて、暗澹とした影がたれこめたかと見るまに、ぱらぱらと大粒な雨がきて、いきなり、ぴかりと……それはもう光とも響きともつかないものでした。私は室の奥にとんで行きました。するともう、激しい驟雨で、その間をぬって、ごうっとひどい雷です。それでも野口は、縁側で煙草をふかしながら、落着き払っています。いくら危いと云っても、笑っています。やがて一際はげしく、大地に岩石でも叩きつけるような擾乱が起って、私はそこにつっ伏してしまいました。暫くして、ほっと我に返り、おずおず顔をあげてみると、野口は私の側にいてくれましたが、やはり、愉快そうに外の雷雨を眺めていました。そして私の方を顧みて、大丈夫だよ、恐いと思えば恐くなるし、痛快だと思えば痛快になるものだ、と云って微笑しましたが、その時また、ぴかりときたのが、彼の近眼鏡にぱっと映って、その後から、不敵な眼付が覗きだし
前へ 次へ
全21ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング