いつもの通り落着き払って、そしてずっと後れて、四方の山を眺めながら、悠々と歩いていました。その姿を見ると、私には、荒野の中につっ立ってる巨人のように思われます。巨人……私のことなんかは気にもとめない縁遠い他人……というほどの意味なんです。実際、彼は私のことなんかは何とも思っていなかったのでしょうかしら。遠くの方で、深い溝の中に一緒に飛びこんだり這いあがったり、顔をつき合して浅間葡萄の実を奪いあったりしてる、私と木村さんとのことを、何とも思っていなかったのでしょうかしら。もしも……もしも……私と木村さんとが、抱きあって、唇でも……。見ると、木村さんは、皮膚に血の気の浮いた顔をして、子供のように純真な眼付をしています。私も子供のようでした。二人は手を取りあっても、おんぶしても、抱きあっても……決して不自然ではなかったでしょう。それを、野口はどうして引止めようともしないのでしょう。僅かばかりの嫉妬の気持さえ感じないのでしょうかしら。私はそんなに無視されてもいいものでしょうかしら。……何かえたいの知れない熱いものが、胸の底からこみあげてきて、私は頬がひきつるのを感じながら、つっ立って木村さんを
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