でも話せるわけのものではありません。そして私は淋しい気持で帰ってくるのでした。
そういうことに反抗したい気持も、私の心の奥にあったかも知れません。或る日、木村さんをお誘いして、六里ヶ原へ出かけました時、私はひどく快活な様子になりました。小浅間の肩の峯の茶屋まで自動車で行き、それから歩いて分去の茶屋まで行き、そこで街道をすてて左にはいると、もうすぐに、なだらかな斜面の六里ヶ原です。ごろごろした熔岩と火山灰との荒野で、遠く間をおいて小さな雑木が少しあり、他は見渡す限り広々と、浅間葡萄に這松ばかりです。その小さな雑木の影で、サンドウィッチをたべ、お茶をのみ、焚火をしたりしました。それからやたらに歩きました。浅間葡萄の熟した実を見つけるのが楽しみでした。火山灰の地面には、ところどころ、思いもかけないところに、大雨の際の水の流れの跡があって、一間余りも深い溝を拵えています。そこに飛びこむと、なかなか上れないことさえあります。木村さんは、「自由を吾等に」のフランス語の主題歌などを小声で歌いながら、ステッキを打振っていますし、私は頓狂な声を立てて、深い溝の中に落っこったりしました。ただ野口だけは、
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