ょう。第一、野口に、どんな仕事があるのでしょう。私立大学の先生で、歴史や文化や語学の勉強……それも仕事にはちがいありませんけれど……この点については、私は、野口に近い考えを持っております。「夫婦の愛は、良人の仕事に対する理解の上に立てなければならないというのは、ばかげた考えだ。時によると、女のなまじっかな理解などは、却って男の仕事を害することさえある。充分に愛を持っていない者だけが、いろいろ愛について理屈をこねるんだ。」そんなことを以前野口が申しました時、私はひどく淋しい気がしましたけれど、やはり、それが本当ではないかと思うようになってきました。愛しないのは愛が足りないのだ、それに違いはありません。とは云え、愛を邪魔する何かがあるような場合があることも、事実です。
 外を歩くのが私の身体によいというので、私達は時々あちらこちらへ出かけました。軽井沢方面は前年の夏に知りつくしていましたので、浅間山を中心に、押出岩の方面や追分の方面へ出かけました。けれど私は余り気が進みませんでした。外を歩いていますと、野口と私との間に共通の話題の少いのが、殊に目立ってきました。景色のことなどは、そういつま
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