まったことでしょう。時々、野口のそばで、私はぞっと、云い知れぬ不安を覚ゆることがありましたが、それは神経衰弱なんかのせいではありません。野口のうちには、何かこう、私を押し潰してしまうようなものがありました。それが何であるか、本体を捉えようとすると、私はただ、自分の弱さや脆さを感ずるだけでした。そして息苦しくなるばかりでした。けれど、例えば……こんな言葉を使ってよいかどうか分りませんが……例えば、木村さんの側では、私はそんな圧迫を感じないばかりか、却って楽に息が出来、気持が晴ればれとして、頭の中まではっきりしてくるようでした。木村さんについては、野口は変なことを言ったことがあります。「木村君は、なるほど、才能もあるし、明敏だし、好男子でもあるし、立派な人物かも知れないが、然し、あの香水の匂い……三十男の独身者の香水の匂い、あれだけはいけない……。」その本当の意味が、私にははっきり分りませんでした。というのは、私がぼんやり感じますところでは、男の人で三十年配の独身者は、大抵、何かしらひどく男臭いもので、それを消すために多少香水を使ったとて、いけないわけはありませんでしょう。或はまた、三十三
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