またいろんな沢山なものを、自分のうちに持っていたことでしょう。その翌日はもう、私と木村さんは、浅間山の方はふり向きもしないで、谷間の奥深くに逃げこんで、昼食もたべずに、人目を避けました……。草の上、河原の小石の上に、やたらに香水をふりまきました。睡眠中よりも、もっと深い強い夢でした。
 その夢からさめると、私はもう何物にも、どんな一寸したことにも、対抗するだけの力がありませんでした。野口が帰ってきても、私はただ白痴のような微笑を浮べてるきりでした。木村さんは、凡てを告白しよう、そして出来ることなら、二人結婚しよう、とまで云いました。ひどく煩悶して窶れていました。とげとげしたところさえ出て来ました。そして一日おいて、後のことを約束して、東京へ帰ってしまいました。私はどんな約束でもしました。意志なんかは……約束を守る意志さえも……少しもありませんでした。そして木村さんが立去ると、私の白痴のような微笑は、とめどもない涙に代りました。泣いても泣いても、涙がつきませんでした。いろいろ問いつめられて、私は野口に一切のことを告白しました。少しも気の籠らない、それでいて涙にぬれた、ばかげた告白でした。
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