けれど、おう、その時、私は野口の、極度の軽蔑の眼付に出逢いました。「僕はお前を自由に放っておくことが、お前の精神力を引立たせる仕方だと思っていた。精神力さえ盛んになればよいと考えて、じっと眼をつぶっていたのに……。」そう云いながらも、彼の眼には、崇高だとも云えるほどの軽蔑の色が溢れていました。私は心の底まで凍りつく気持がしました。もう駄目だ、私と野口との間は、どんなことをしても凡て駄目だ、ということをはっきり感じました。
 ――俺はお前たちを軽蔑する。お前たちのような人種は滅びてしまった方がよい。
 野口の眼はそう云っていました。けれど、彼は淋しそうでした。或は彼の方が私よりも大きな夢を持ってたのかも知れません。然し、現実的に、何という力強い食慾を持ってることでしょう。私はただ、またも泣きたくなります。



底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1−13−23])」未来社
   1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「中央公論」
   1935(昭和10)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつく
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